散歩 「哲学堂公園」の建物が公開されていた

先日散歩がてら哲学堂公園に行ったらちょうど公園内の建物が公開されていました。
公園内には築100年ぐらいの建物がいくつか建っていて、年2回(5月と11月初め前後の土日祝日)一般公開され建物の中を覗くことができるようになっています。

しかし現在「哲理門(妖怪門)」と「宇宙館」という二つの建築物は修理のための工事中でした。

Wikipedia-哲学堂公園

Wikipedia-井上円了

公式サイト-哲学堂七十七場紹介ビデオ

哲学堂公園は哲学者で「妖怪博士」とも呼ばれていた井上円了先生が「哲学」をコンセプトに作り上げた「哲学のテーマパーク」になっています。

哲学にちなんだ建物やオブジェが点在していて少々風変わりな公園なのですが、公立(区立)の公園なので誰でも自由に訪れてのんびりできる公園になっています。

公園内には妖怪や幽霊にちなんだ展示物も多く、哲学と妖怪との関係など、ユニークなテーマもあって面白い公園だと思います。

▲哲理門は修理中

▲哲理門は「妖怪門」とも呼ばれている

▲幽霊・天狗像は修復後は「中野区立歴史民俗資料館」に保管される予定

公園の正門にあたるのが「哲理門」と呼ばれる門で、「妖怪門」とも呼ばれています。

お寺の山門には仁王像が立っていることが多いですが、この妖怪門の左右には幽霊と天狗の像が置かれています。

哲学というと難しくて堅苦しいイメージがありますが、入り口からいきなり幽霊と天狗が出てくる辺りがユニークで面白いですね。

この門や像の写真を撮っている人を見かけることがあるのですが、現在哲理門(妖怪門)は修理のため工事中で、幽霊・天狗像も修復中なのだとか。
修理工事の説明書きを読んでみると、幽霊・天狗像は修復した後「中野区立歴史民俗資料館」(哲学堂公園から徒歩10分ほどの場所にある)に保管するとのこと。
哲理門修復後は3Dスキャンデータを基に幽霊・天狗像のレプリカを作り門の中に設置するようです。

よく見ると幽霊と天狗の腕が無くなっているようだし、かなり老朽化が進んでいるんでしょうかね。
(本物の像の代わりにレプリカを置くことになるというのは少し残念な気がしますけど)

▲「宇宙館」も現在修理のため工事中。建物が持ち上げられて地面から浮いている状態

建物の補修を担当しているのは金剛組東京支店とのこと。
金剛組というと現存する世界最古の企業として有名ですが、関西方面だけでなく東京の文化財の修理もやっているんですね。

壁を耐震補強したり、柱や軒下の木材の腐朽した部分を補修したり、瓦や金具を変えたりなど。

▲絶対城(図書館)

▲補修工事で屋上の展望台が再現された

▲今年6月ごろ補修工事をしていた。それ以前は写真のように展望台は無い状態だった

▲絶対城の中

▲2階部分が吹き抜けになっている

▲四聖堂(哲学堂)

▲無尽蔵(資料の保管庫)

▲【哲】マーク付き哲理門の瓦

▲鬼瓦ではなく「天狗」の顔の瓦

▲天狗の瓦の顔が一つずつ違う

▲井上円了先生の墓。井上の「井」と円了の「円」をかたどったデザイン

「絶対城」とか「宇宙館」、「髑髏庵」とか古めかしいけど名前の付け方が独特で面白い。

哲理門の【哲】マークとか、天狗の顔の形をした瓦、あと宇宙館の屋根のてっぺんが聖徳太子が被っていた帽子の形になっていたりと、見落としそうな部分にさりげなく面白いデザインのものが置いてあったりして真面目な雰囲気の中に微妙にユーモアのようなものが混ざっているような印象を受けます。

上の写真は、哲学堂公園のすぐ近くのお寺にある井上円了先生の墓。
井上の【井】と円了の【円】をかたどったデザインになっています。
説明書きによると、生前に井上先生本人が考えたデザインとのことで、名称や形象に対する独特のこだわりのようなものを感じますね。
(この公園自体が哲学を形象化した、一つの大きな作品という見方もあるのかもしれない)

▲「妖怪学」についての説明

▲幽霊が描かれた絵や像の写真

井上円了先生は民俗学に対する興味が強かったようで、各地を旅行しながらその土地の伝承や妖怪に関する話などを記録したり、幽霊や妖怪に関する絵や像、民具などを収集して「無尽蔵」と名付けた建物に保管して公開していたそうです。(現在は写真が展示されている)。

明治~大正時代ですから、まだまだ世間には迷信にとらわれている人も多かったようで、幽霊を信じている人もかなり多かったようです。(井上先生によるとほとんどの場合見間違いか思い込みによるものなのだとか)。

21世紀の現代では幽霊を信じている人はあまりいないと思いますけど、例えば「事故物件」(殺人や自殺が起きたアパートの部屋など)の場合、住むのを嫌がる人も結構いるみたいなので、そういった忌避感や怖れのようなものは意識の表に出てくる機会が少ないだけでまだまだ現代人の中にも残っているような気がします。(不安や怖れが全くない人間というのもあまりいないだろうし)。
街中に住んでいると夜中でも照明で明るく照らされていてなかなか幽霊や妖怪が出てくるような余地が無いんでしょうかね。
(小さい子どもの場合は怖い映画を見た後とか本気で「おばけ」を怖がったりするけど)

▲六賢台(三階建てのミニタワー)

▲「鬼の寒念仏」の像

上の写真の赤い建物は「六賢台」という名称の三階建てのミニタワー。

二階部分の壁に棚がついていて井上円了先生が収集したという妖怪などの像や小物類が置かれています。(現在は実物ではなく写真が飾られている)。

上の写真は「鬼の寒念仏」と呼ばれる鬼の像。

鬼が人間の恰好をして僧衣を着ていて背中に唐傘を背負っている姿がユーモラスでマンガっぽくて面白い。
(マンガというか、「大津絵」という江戸中期に描かれた風刺画が元になっているらしい)
説明書きによると、僧衣を着ているのは偽善者を表しているとか、片方の角が折れているのは「我」の象徴である角が折れると鬼も一人前になるという意味があるのだとか。我の強い暴れん坊が苦労して丸くなって一人前になるというような意味なんでしょうかね。

マンガっぽいという話のついでで、上の鬼の像を見て『この世界の片隅に』というマンガに出てくる、人さらいの「ばけもん」というキャラクターに姿形が似ているような気がしたのですけど・・・(後で写真と見比べて確認してみたらみたらあまり似てなかった)

「この世界の片隅に」の作者のこうの史代さんは昔哲学堂公園のわりと近くに住んでいたらしく、例えば『夕凪の街 桜の国』という作品では、哲学堂公園の野球場が作品の背景に描かれていたり、哲学堂公園のすぐ近くにある「野方配水塔」や「中野通りの桜並木」など哲学堂公園周辺の街が作品の舞台として描かれています。
あと『長い道』という作品では主人公の夫婦の名前(「老松荘介」と「道」)が「老子」「荘子」「道家」をもじったもの(?)らしいと言われていたり、哲学との関連性が少なからずありそうな気がします。
(私は哲学の本とかろくに読んだことがないし、哲学的な意味とかあってもほとんど分からないのですが・・・)。

「この世界の片隅に」では主人公が子供の頃「座敷童子」と人さらいの「ばけもん」という二種類の妖怪(?)に出会っていました。
「座敷童子」の正体は後で分かるように描かれているのですが、人さらいの「ばけもん」というのが何だったのかはっきりせず謎のまま終わっていて、作品のエピローグ近くで「ばけもん」が主人公の兄(鬼いちゃん)だった? みたいな話が少し出てくるのですが時系列的にかみ合わないし結局はっきりせずに終わっています。

無理やり「妖怪学」的な哲学に関連付けると「座敷童子」は人の思い込みや勘違いによるもの、「ばけもん」は解明されていない謎ということになるでしょうか。

なんだか哲学堂公園の話からずれてきてしまいましたが、こうの作品と哲学堂公園との関連性とか考えると面白いかなと思ったので少しこじつけっぽいですが感想を書いてみました。


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