「夢で見たあの子のために」 第56話(最終話) 感想

ついに「夢で見たあの子のために」 も最終回。

前回までに一登、蓮士は死亡し、若園は逮捕され事件は解決しており、今回は物語のエピローグであり大団円となる素晴らしい最終回となっていました。




作中の月日が流れ、それぞれの登場人物のその後が描かれていました。

前回自殺して幕引きを図ろうとしていた若園は逮捕され法の裁きに委ねられることになりましたが、千里の名誉回復のための動画を事前に用意して多治見刑事に託しており、千里を巻き込んだことは悪かったと思っていたようです。
(復讐のターゲットだった一登と「火の男」を殺害することに成功していたし一応若園としては概ね自分の目的(復讐)を果たしたことになるのか)


前回千里と一登は最後に再会を果たすことが出来ましたが、一登の頭部の銃弾の影響で一登は死亡。

残された一登の息子の「万里」がどこにいるのか不明なので、千里は海の見える場所をバイクで捜していましたが、手掛かりが少ないためになかなか見つけることが出来ないでいました。

しかし千里が眠りかけていた時、万里と千里の間に突然「視覚共有」が起こり、千里は万里の居場所を突き止めることに成功していました。

一登との「視覚共有」はこれまで何度か起きており、今回はその息子の万里との間で「視覚共有」が起きていましたが、「視覚共有」が起きる時の条件というのは結局何だったんでしょうか(眠りかけている時に「視覚共有」が起きていましたが、意外とランダムに起きていた?)


この作品のクライマックスとなったのが、息子としての万里と父親としての千里との出会いとなっていました。

万里は一登とよく似ていて、本来一登との間にしか起きないはずの「視覚共有」が千里と万里との間にも起きていたので、千里と万里の出会いのシーンが幼い頃に離ればなれになった一登との再会のシーンとも重なっていて非常に感動的なラストシーンになっていました。
双子の兄弟の一登は前回頭部の銃弾の影響で死んでしまいましたが、幼い頃の一登の面影が重なる万里と共に、父親になった千里が未来に向けて共に歩み出して行くというラストシーンになっていました。
その時に千里が万里に「母ちゃんが待ってる」と言っているので、どうやらすんなり千里と恵南は結婚したみたいで、家族として共に生きていくという、これから先の未来に向けて希望のある終わり方になっていました。


作品の全体像としては「過去」(双子の兄弟の一登を奪われたこと)に強く執着している主人公(千里)が、過去と向き合う機会を経て、「未来」に向けて歩み始めるまでのストーリーだったのかなと思いました。

序盤から途中までは双子の兄弟の一登を幼い頃に連れ去られ殺された千里が、一登を大切に思うあまり「過去(犯人への怒りと復讐)」にずっと縛られ続ける(執着し続ける)ストーリーになっていました。

過去に捉われるあまり時間が止まってしまったような(内面的な成長が止まってしまったような)千里でしたが、一連の出来事を経ることで、怒りや復讐心を乗り越え、死んだと思っていた一登から託された万里のために、自分が大人になり父親となり、自分の家族や仲間と共に生きていくというストーリーになっていました。


登場人物についてもそれぞれ表裏の関係だったり対の関係になっていたり、様々な関係性の組み合わせのバリエーションによって作品のテーマが繰り返し多面的に語られているようでした。
双子というDNA的には同一の存在であっても環境や他者との関わりによって全く違った人生を歩むことになるとか・・・
それと良くも悪くも父親像(父性=父親的役割の存在)が何通りも出てきましたが(良い父親とダメな父親!?)、家族や他者との関係性によって人と人とがどのように影響されて人生がどのように変化していくのかなど繰り返し多面的に語られていたように思いました。


長い期間にわたって連載されてきた「夢で見たあの子のために」も今回で最終回を迎え、次回はもうないのかと思うとなんだか寂しいものですが(感想を書くのが毎月恒例の習慣になっていたので)、最後の締めも感動的で希望の持てる終わり方になっていてこれまで長いこと最後まで読んできて良かったと思いました。

「夢で見たあの子のために」は今回で終わりですが、三部先生の次回作など、今後も楽しみにしていきたいと思います。

長い間ありがとうございました。





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